since 2007.8 by K-ichi

ある星が見える北限……よく取りあげられるカノープス(αCar、りゅうこつ座α星)は、東北のどこからしい。浜松なら、空っ風のなかに瞬く姿は比較的容易に捉えられる。
さらに南、一般には日本から見えないとされる1等星としてアケルナル(αEri、エリダヌス座α星)がある。これはどのあたりまで見えるのか、浜松からは見えないのか、考えてみた。

最初に逃げを打っておくが、中学数学もおぼつかないレベルなので、この記事が正しい確信はない。誤りは指摘してくれるとありがたい。


まずは、アケルナルの位置。
SatelliteTrackerによれば、「赤経: 1h 37m 42.9s, 赤緯: -57° 14′ 12″ (J2000)」とある。カノープスより4.5°低い。
単純に計算すれば、北緯32°45′48″以南でしか見えない。地理院地図を眺めると、九州の南半分と足摺岬が限界、ということになる。しかしネット情報では、紀伊半島で見えるらしい。
これにはいくつかカラクリが絡むようなので、一つひとつ追ってみる。


水平線、地平線に近い天体は浮き上がって見える。これを大気差と呼ぶ。ちなみに測量屋さんは「気差」、天文屋さんは「大気差」と呼ぶという話もある。
地表にへばりつく大気の層は、地表に近いほど濃い。濃いところでは屈折率が上がるので、光は地表に沿うように曲がる。気圧気温など気象条件で変わるので精密な計算はできないが、概ね34~35′台とされる(Wikipedia国立天文台 暦計算室セッピーナの趣味の天文計算)。
35′浮き上がるとすると、赤緯-56°39′12″相当になるので、北緯33°20′48″で見えることになる。室戸岬が可視範囲に入ってきたが、紀伊半島にはまだ届かない。
ちなみに、地球の質量によっても光は曲がるはずだが、多分これは0.0003″ぐらい(EMANの相対性理論)。


地球は、球ではなく回転楕円体に近い。
自転しているので赤道が膨らんでいる。極端にマーブルチョコ形状を考えると、中緯度域の地面は球体でのそれより極地に近い傾きになり、南の低い空は見えづらくなると想像できる。楕円の接線の傾きを計算しなくてはいけない。
これはマイナスに働く……と思ったのだが、通常「緯度」と呼ぶものは、楕円の法線(接線に垂直な線)と赤道面との角度らしい。つまり、どれだけ潰れた楕円であっても考慮する必要はない。


じつは星自体も動く。
SatelliteTrackerで見ると、2つの座標(天文学辞典)が表示される。
赤経: 1h 35m 51.9s, 赤緯: -57° 29′ 26″ (B1950)
赤経: 1h 37m 42.9s, 赤緯: -57° 14′ 12″ (J2000)

赤緯を見ると、50年で15′14″も北へ移動している。この動きの大半は歳差による(国立天文台 暦計算室Wikipedia)。地球の自転軸(地軸)は公転面に対し23.4°傾いており、その地軸自体も26000年かけてゆっくり首振りをしている。

暦計算室の図を拡張してみた。



黄道座標で描かれた星図のようなので、いくつかの星の赤道座標を黄道座標に変換(宇宙科学II (海老沢) 講義ノートmk-mode BLOG数学@ふたば)し、それを元に黄緯黄経を延ばして南天の3星をプロットしてみた。どうにも合わない部分もあったが、東京でみなみじゅうじ座が見えた話などとも一致するので、概ね正しいのではないか。

現在の天の北極(赤道座標の北極)は、北極星(αUMi、こぐま座α星)のあたりにあり、西暦10000年ごろにはデネブ(αCyg、はくちょう座α星)が近くなる。アケルナルは今より30°ぐらい北に移動しており、フォーマルハウトのような見え方になるのではないか、と想像する。
今後2000年ばかりの天の北極の移動と、アケルナルのある方向はほぼ一致している()。直線近似できるとすれば、50年で15′程度北上を続けるものと思われる。

現在は2021年10月なので、J2000よりさらに北上しているはず。単純に割り算すれば、6′39″上がって、赤緯-57°07′33″(J2021.8)あたりか。前述大気差を考慮すれば、赤緯-56°32′33″相当。北緯33°27′27″なら、潮岬がかかる。紀伊半島まで来た。
ちなみに200年で1°上がることになるので、2221年には志摩半島で、2421年には愛知静岡のほぼ全域、神奈川千葉の一部でも見えるようになる。

2021/12/31追記
天の北極は、概ね26000年で一周する。その移動がアケルナル方向に一致して、最も近づいていくタイミングであれば、1年あたり50″(=360°/26000)、50年なら42′ぐらい「天の北極~アケルナル」間は縮むと思われる。ところが現状は、赤緯だけなら15′、赤経を含めても21′ほどしか移動しない。固有運動が大きいのかとWikipediaを確認してみたが、50年経っても数秒スケールでしか動かない。
なんで倍も違うのか理解が至らないが、球体を無理に平面に押し広げた図なので、方向については意味が無いのかもしれない。
とりあえず、26000年のうちの数100年の話であれば、ここ50年の流れをそのまま使っても大差ないだろう、ということで結論はそのままとしておく。


標高を上げる手もある。


標高と俯角(見下ろし角)
緯度は現地の法線と赤道との角度なので、単純に地球は半径6371kmの球(Wikipediaでは6378.1km)とみなすこととする。観測者の高度を上げると、本来の水平線より下方で地球との接線ができる。その角度差が俯角(見下ろし角)になる。

浜松の代表的な山として、富幕山(北緯34°51′、563.5m)、竜頭山(北緯35°04′、1351.6m)、バラ谷の頭(北緯35°11′、2010m/本邦最南の2000mの地)で見てみる。
それぞれ俯角は46′、1°11′、1°26′となる。前述までの値に組み込むと、富幕山なら赤緯-55°46′33″相当なので、北緯34°13′27″以南に山があれば可視となる。同様に、赤緯-55°21′33″相当で北緯34°38′27″以南、赤緯-55°06′33″相当で北緯34°53′27″以南、となる。
ざっと0.5°ほど届かない。

少し範囲を広げ、本邦最南の3000mの地、富士山(北緯35°21′39″、3776m)ではどうか。
俯角は1°58′。赤緯-54°34′33″相当なので北緯35°25′27″以南なら見える……ということは、富士山頂からは見えるようだ。わずかに仰角4′だが、アケルナル北限は静岡県かもしれない。

ついでなので、ネット情報もおさらいしてみる。
星観の日記には、観測成功の地の緯度と標高(北緯34°04′、1109m)が書かれている。
俯角は1°04′なので、赤緯-55°28′33′相当、北緯34°31′27″以南なら見える。高度は27′あるので、満月一つ分弱ぐらいの余裕がある。


浜松からはどうやら見えないようだが、でも計算間違いかもしれない。実際にこの目で確かめないと。
ということで、よく晴れた今月の頭に竜頭山の東屋で撮影してきた。

カメラはカシオEX-10。50mmF2.1開放、ISO80、8s露出、2sタイマを使って手動インターバル撮影。気温14℃。相模湾方面の極低空で稲光はあるものの、月のない暗夜。天の川がよく見える。2等星が1等星に見える空。
南中時刻を中心にした3分半程度をAviUtlに取り込み、ガンマなど強補正をかけた後BMP出力。KikuchiMagickで比較明合成したものと、SatelliteTrackerの星空モードのキャプチャとを、再度AviUtlにて合成してみた。



下部に行くにつれ星がずれてしまうのは、大気差の浮き上がりと思われる。アケルナルの円盤が0.5°強に描かれているので、円盤中心から円盤ひとつ分上あたりに光跡が写ることになる。やはり遠州灘の船団の向こうか。さらに円盤ひとつ上がれば水平線から出る計算だが、それも合っていそう。この日は低空に雲があったようで、ほうおう座ζも見えてない。

ちなみに正面の町明かりは磐田市。アケル「ナル」の暗がりが天竜川。いくつも架かる橋が見える。その右の、ひときわ明るいのが浜松市街。フレーム外だが、浜松風力発電所の風車群も見える。

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